今回のコロナでは死亡者は累計で1万人。1日に1万人だったら悠長に議論などしていられないはずだ。
今のコロナが“史上最大の国家的危機”なのかどうか。ボクは大いに疑問である。民主主義者なのだからだれもが個人的意見を持ってよい。ただし、いったん“国家的危機”ということになれば、危機対応責任者の号令にがたがた言わずに従う。これが民主主義社会の基本ルール。したがって今が“国家的危機”なのかどうかが議論すべき事項であるのだ。憲法に緊急事態条項がないから日本の国には緊急事態は起きないと主張するノー天気者がいるが、そういう人は民主主義者ではない。
この基本を明確にしないから、羅針盤がない船のように国家が漂流する。
コロナワクチン接種が進まない。4月26日に区役所からワクチン接種の予約受付通知が来た。ところが申し込みできない。案内状をよく見たら、システム改修中であり、受付は連休後になると書いてある。4月中に開始のアリバイ作りのためだったようだ。
それはともかく、ワクチン接種は何のためにするのか。公衆衛生上必要と判断したからだろう。そこで前提となるのが、先に述べた“国家的危機”と判断しているのか否か。判断していないのだから、窃取費用は個人持ちでよいはず。判断しているから無料にするのだろう。そうであれば接種は権利ではなくて、義務になるはず。会場を決め、そこでは24時間受け付ける。一定日以降は接種証明カードない者は公共交通機関を利用させない。それで一挙に進むことはずだ。
ワクチンを国産化できないという恥ずかしさも、この次の感染症では許されない。この場合、わが国には他国にはない有利点がある。ワクチン開発・製造・供給費用を医療保険者の共同事業とすればよい。年間30兆円以上の医療費が社会保険診療報酬支払基金を通過する。そのうちの1%を感染症ワクチン費用に充てれば3000億円。これを積み立てて置き、新種ウイルスワクチン開発が必要になったときに一挙に活用、世界の先端イノベーション企業を招集する。新薬開発は資金力が重要手段。開発競争に勝ち、世界に供給できるから、国内向けを格安にできる算段だ。
そして開発途上国向けに民主主義を維持する武器として援助することも可能になる。無論その場合には、西側諸国に買い上げてもらうことになるわけだ。国民皆保険とはこういう戦略的な武器にもなるはずだ。
“国家的危機”では、期限付きで指導者に無限の権限が与えられるべきだ。今が“国家的危機”なのかどうか。国会には、その一点をまず決めてほしい。
顧問 喜多村悦史