怒苦打身日記 ~協会顧問 喜多村悦史のブログ~

怒苦打身日記168 介護者を守る保険に

自身が介護していた祖母の口をふさいで殺害した新成人女性に、懲役3年(執行猶予5年)の判決が言い渡され、確定した(202010月)。事件を追った毎日新聞ルポ(同年114日)から、事件の概要を整理しよう。

 女性は1998年生まれ。両親の離婚、母親の死亡後、小中学時期を父方の祖父母に愛情深く養育された。その後に叔母方に移り、その援助で短大を出て幼稚園教諭として働き始めたのが2019年4月。ひと月後、祖母が要介護度4の認知症状態になり、同居して世話することになった。仕事と介護でうつ状態になったが、祖母の子ども3人(女性にとって父親、伯父、叔母)はいずれも事情があって介護の肩代わりをできなかった。

 仕事と介護を両立しようと、睡眠2時間で頑張ったが、5か月後に限界。108日の早朝5時半、「汗をかいた、体を拭け」と要求するかたわら、自分を叔母と混同して「親をないがしろにする」となじる祖母に、「もう黙って」とタオルを強く押し当てた…。

 判決後、事件の地元神戸市は家族の介護にあたる若者(ヤングケアラー)への支援策を検討することを表明している。介護者が周囲の援助を得られず孤立しているのではないか。介護保険では視点が要介護者に向かい、介護する家族へ気配りが足りないなどが焦点という。国でもヤングケアラーの実態調査に乗り出すようだ。

 そうした個別対応は必要だが、介護保険にも構造的問題があるのではないか。女性は社会人として働き始めた直後に、祖母の介護をすることになった。いっきょに二人分の仕事をすることになったわけだ。うつ診断をした医師は、幼稚園の休退職を勧めている。そうしなかったのは生計費の心配だろう。「祖母のおむつ代や食費も自分が出している」と友人に打ち明けている。

 介護を専門家に委ねる選択肢はなかったようで、「祖母の入院を勧めたが、叔母らが拒否した」とのケアマネジャーの裁判証言がある。女性が介護に専念できることができたら、事情は変わっていた可能性がある。

 

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日本の介護保険では、家族介護は評価されない。ドイツの介護保険のように介護家族に報酬が支払われる仕組みだったらどうか。要介護4の報酬限度額は31万円程度。仮に“専門家”の7割としても月に22万円程度になる。これなら幼稚園の給料がなくても生活は成り立っただろう。祖母の家での同居だから住居費はいらない。

 なぜ日本の介護保険では、家族介護を評価しないのか。女性を家庭に縛り付けることになるからというのが、介護保険法制定当時の理由だった。介護は家族ではなく、“専門家”がするべきものだという声に押された。それから20年。介護現場は介護職員不足で、言葉があまり通じない外国からの出稼ぎ者(技能実習生)でもかまわないからとその確保に躍起で、政府をせっついている。

 女性は「生まれ変わっても、またおばあちゃんの孫として生まれたい」という大好きだった祖母をわが手にかけた。介護保険法を所管する人たちにも、制度の問題点は分かっているはずだ。   

顧問 喜多村悦史

2021年01月18日