怒苦打身日記 ~協会顧問 喜多村悦史のブログ~

怒苦打身日記207 世代間の負担バランス

- 高齢者は低所得である一方、傷病への罹患率が高い。したがって受診時の一部負担割合を低くすべきである。仮に若者と同じく3割の一部負担を求めると、一部負担支払いの心配から必要な受診をせず、それがために重症化してしまうことになり、本人だけでなく、医療保険の財政にとっても不都合なことになる。

 以上が高齢者の一部負担割合が2割(70歳から74歳)あるいは1割(75歳以上)と低率になっていることの説明理由である。 -

 だがこの議論は明らかに論理性に欠ける。高齢者に低所得で病気がちの者が多いのは事実だが、あくまでもそれは現役世代との相対的な比較にすぎない。現役世代でも健康に恵まれず、仕事運に見放された状態の者はいるし、高齢者でも精気にあふれ高額所得を得ている者は多数いる。

 多くの指摘があるように、年齢によって一部負担割合を変えなければならない合理的理由はない。

 では所得によって、あるいは健康状態によって、一部負担割を区分けすべきかとなるが、これも簡単に割り切れる話ではない。所得によって区分するとした場合、主婦など定性的に稼得収入がない者は無条件に一部負担が低率になり、受診を促進することになる反面、日々多忙に働いている者が病気になれば高額一部負担を請求されるうえに療養中の所得喪失のダブルパンチになる。

 健康状態によって一部負担割合に差をつけることにでも問題が生じる。今日高額医療費を要するのは生活習慣病。日常的に健康に留意していた者がたまたま外傷を負うと一部負担割合が高く、不健康な生活を続けている者は同じ外傷でも一部負担が低くて済むというだれの目から見ても不合理で、納得できないことになる。

 

 

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 わが国では医療費の大半を健康保険が負担する。保険料を負担する加入者の納得が最重要事項であるはずだ。政府が提案するように、高齢者だから一部負担は低くてよいという議論への賛同者は、実はほとんどいないのではないか。

 また国民を「高齢世代」と「現役世代」に二分し、「給付は高齢者中心で負担は現役世代中心なのは不公平」といった言い方は誤解を招くと思う。男性と女性、血液型Aと血液型Bというのであれば、たしかに区分できる集団である。だが、高齢世代と現役世代の区分はこれとは異なる。一時点で見れば、若い者と年寄りになるが、長期スパンで見れば、ライフサイクルの時期にすぎない。国民皆保険なのであるから、全員が健康保険加入者。現在の現役は将来の高齢者である。そして人生においては、だれもが「山あり、谷あり」の浮沈を経験して生を終える。そうであれば生涯に受ける医療給付も基本的には似たようなものと言える。そこで一部負担だが、人生のどの時期においても一律とするか、調子がいい時点では高率負担で不遇のときは低率負担ときめ細かく設定するかという政策判断になる。さて、どちらにするか。

 高額療養費制度があることで、一部負担が制度されて以来、病気で家計破産、一家離散の悲劇はなくなっている。だとすると複雑で運用に苦慮する仕組みよりも、全員が同率の負担割合というのが簡明で優れていると考える。どのように詳細で、繊細な仕組みを用意しても、結果においては“損得”が生じる。であえれば、そこは割切り、簡単、簡素な仕組みにする。逆説的だが、それがもっとも反発を生まない政策である。

 後期高齢者の一部負担割合を、「現役並み所得者は3割、課税所得28万円以上かつ年収200万円以上(複数世帯では後期高齢者の年収合計が320万円以上)の者は2割」とすることに政治的に決着した。その結果、75歳到達で一部負担割合が1割に下がった者が、頑張って仕事を増やしたら翌年度からは一部負担割合が2割に上げられる。これを喜ぶ後期高齢者がいるとは考えられない。高齢者も現役世代も、全員3割負担でいいではないか。

顧問 喜多村悦史

2021年02月23日