怒苦打身日記 ~協会顧問 喜多村悦史のブログ~

怒苦打身日記209 不妊症は病気か

菅総理のツルの一声で前に進んだ施策の一つが不妊治療への保険適用。わが子を希望するのに妊娠しないことで悩んでいた夫婦には朗報だろう。少子化で将来の制度運営に赤信号が点滅している社会保険各制度の関係者においても、総理の方針に反対の者はほとんどいないだろう。

だからこそというわけではないが、これまでの方針を変更するからには、それなりの理由付けをしっかり固めておく必要があると思う。なんとなくのムードとか、空気によって重大な方針転換がなされるようでは正常な社会とは言えない。

そこで改めて健康保険とはなにかについて考えることが必要である。健康保険法1条では「業務災害以外の疾病、負傷若しくは死亡又は出産に関して保険給付を行」いとなっている。そこで今回の不妊治療の健康保険法における位置づけの確認をすることが必要になる。すなわち不妊は“傷病である”として保険給付をするのか。あるいは不妊は“出産に関わる事象”であるとして保険給付の対象に追加するのかということである。

まず不妊は病気か。その治療に取り組んでいる医療機関によれば、「不妊症は病気ではなく、症候群です。"症候群"というのは、原因も何も関係なしに、理由は分からなくても、ある症状の人をいう言葉です」とのことだ。

不妊症・不妊治療について/不妊症ってどういうこと?-浅田レディースクリニック (ivf-asada.jp)

 

妊婦と産婦人科医[07800009306]の写真素材・イラスト素材|アマナイメージズ

 

健康保険法1条では「傷病に対して保険給付をする」としているのだから、不妊が病気であるならば、当然に保険治療の対象になっていなければならないことになる。そうするとこれまで不妊を給付対象外としてきたこれまでの対応に問題があることになる。これまで自費で不妊治療を受けてきた人が、過去の支払い分の7割相当額を健康保険組合に遡及請求する訴訟を起こしたら裁判所はどうするのだろう。

また不妊を傷病であるとした場合、不妊になった原因が過重労働であったといったことになると、業務災害由来ということになるから、健康保険は「業務災害傷病を対象にしない」ので、保険給付できないことになる。

ということで先のクリニックの判断、すなわち不妊は傷病ではないという結論になるだろう。そうすると保険給付する理由としては、不妊を“出産に関わる事象”として広くとらえることになる。この場合も、不妊治療の治療法は以前から存在していたのであり、これまではなぜ保険給付から除外していたのかの説明が必要になろう。それをどう保険加入者に説明するのか。

この肝心かなめを無視して方法論だけが論じられる。これがこの国の問題点なのだ。“出産に関わる事象”として保険給付の対象に含める範囲はどこまでか。これは病気の範囲はどこまでかとは違って、判断する専門家はいない。ということは保険者と保険加入者との合意によって決まるということだ。

そこで大雑把にまとめれば、以前のわが国は人口過剰、子どもの生まれすぎが問題視されていた。したがって生まれて来ようとする子どもの命や産もうとする母親の健康を守るための最小範囲が“出産に関わる事象”ということであった。しかし今日では国家社会、そして健康保険を含む社会保険運営においても、出産増が期待されることになった。そうすると社会の構成する公的制度において“出産に関わる事象”を広く再定義するのが妥当ということになる。

今回の赴任治療への保険給付拡大はこうした流れの中で理論づけられ、正当化される。よって菅総理の指示はまったく時宜に沿ったものである。

そんなことは議論するまでもないと言うだろうか。ボクは違うと思う。こうした基本的事項であればこそ、しっかり合意をまとめておかなければならない。どういうことか。少子化対策が功を奏して、あるいは地球環境維持の観点からか、なんらあの事情変更があって、戦後期のように厳しい産児制限が再び要請されることになったとしよう。

そのとき不妊治療への保険給付がどうなるかである。不妊が“病気”であるとするならば、これを保険給付から外すのはほぼ不可能である。だが“出産に関わる事象”であるならば、どこまでを含むかは保険関係者の合意で再定義が可能になるのである。

顧問 喜多村悦史

2021年02月25日