怒苦打身日記 ~協会顧問 喜多村悦史のブログ~

怒苦打身日記220 健保組合解散

「わが社には健康保険組合があり、福利厚生面で恵まれている」。かつて人材募集で聞かれた言葉だ。会社勤めの者は健康保険に加入するが、そのうちでも大企業では健康保険組合(健保組合)が設立されていることが多く、付加給付があり、一部負担は少なく、組合員優遇の直営診療所があり、そして何よりも保険料率が低かった。

 だが2008年実施の高齢者医療制度改正で状況は一変。「後期高齢者医療支援金」や「前期高齢者医療費財政調整」での分担負担が健保組合を狙い撃ちにする形で導入、強化されているから、運営難に直面する健保組合が年々増えている。付加給付を取り止め、剰余金を吐き出し、保養所などの施設売却でしのげるうちはよいが、その後の手段は保険料率の引上げということになる。しかし加入者にも負担の限界がある。そこでベンチマークになるのが、協会けんぽ(以前の政管健保)の保険料率。都道府県ごとに若干の幅はあるが、平均ではちょうど10%。

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 これを超える保険料率の提案に対しては、健保組合の加入者の拒否感は一挙に高まる。「保険料率の低さがうたい文句だったのにおかしいではないか」というわけだ。そうしたことで健保組合の解散が相次ぐようになっている。2019年4月には人材派遣健保組合(加入者51万人)と日生協健保組合(加入者16万人)の大規模健保組合が解散している。
 解散健保組合の加入者の医療保険はどうなるか。これが今回考えたい問題。


 健保組合設立・参加の企業が倒産した場合、従業員は雇用関係を失うから健康保険の加入資格を失い、自治体が運営する国民健康保険に各自で新規加入する手続きになる。ところが健保組合の解散では、設立・参加していた企業は存続している。このためそっくり協会けんぽに移行するものとされている。
 制度的にはそうなるのだろうが、運営を間違えるとおかしなことになる。例えば人材派遣健保組合の場合。2018年度9.70%だった保険料率が2019年度には10.08%になり、協会けんぽの保険料率(原則10%)を超える見込みになったのが解散理由とされている。要するに、保険料が安くお得である期間は健保組合を維持するが、そのメリットがなくなれば解散するということだ。これを協会けんぽやその加入者の側から見れば、まったくの得手勝手の感がある。


 健康保険法は、保険集団として協会けんぽと健保組合を併記している。原則は協会けんぽだが、条件に労使の合意で健保組合を設立・参加することができるが、それには厚労大臣の認可が必要とされる。独立採算で事業を継続できる財政基盤が審査事項である。これと表裏の関係で、労使が健保組合の解散をする際にも厚労大臣の認可が必要とされている(健保法26条2項)。特に人材派遣健保組合では、派遣という特殊な雇用形態であることから創設時に紛議があり、派遣待機中の被保険者資格の特例を認めるべきなどの議論があり、政治決着で、派遣業団体が総力を挙げて健康保険組合を支えると条件で2002年5月に人材派遣健保組合が設立されている。


 こうした経緯に鑑みれば、保険料率が協会けんぽより高くなろうとも、当初の意図に沿って健保組合を存続運営するのが業界企業の共同責務ではないか。健保組合の場合、従業員の負担を据え置き、事業主負担のみ増額することも認められている。厚労大臣には「解散を認可しない」との判断も可能であったはずだ。
 健保組合は1388あるが、このうち169で保険料率が10%を超えている(2020年3月)。これらは解散予備群でもある。協会けんぽでは給付費の16.4%に相当する国庫補助がある。健保組合解散が認可されて協会けんぽに移れば、政府財政の悪化要因になる。
 こうしたなか2019年度には、人材派遣、日生協など5健保組合の解散の傍らで、新たに8の健保組合の設立認可がされている。企業や業界が昇龍の時期に健保組合制度の恩典を満喫し、下り坂になれば健保組合を解散して協会けんぽに移ればよいと判断する経営者がいて、それを安易に承認するようでは、健保組合運営における採算性に対する緊張感を弛緩させてしまうのではないか。
 この国に流れる無責任構造の一端がここにも表れている。

                                           顧問 喜多村悦史

2021年03月09日