怒苦打身日記 ~協会顧問 喜多村悦史のブログ~

怒苦打身日記227 合従策か連衡策か

合従連衡という言葉を歴史授業で習ったと思う。中国大陸の戦国時代、群雄割拠の状態の中、独裁専制の軍事体制で膨張を開始していたのが西方に位置する「秦」。秦に領土をサラミのように侵奪され、危機感を高める他の諸国「燕」「趙」「韓」「魏」「斉」「楚」などはいかにして、国の独立を守るか。

 登場したのが二人の縦横家と呼ばれる論客、蘇(そ)秦(しん)張(ちょう)儀(ぎ)。師匠は同一だったが、二人の主張は真反対。蘇秦は六国が同盟、連合して共通の敵である秦に対抗しようと説いた。これが合従策。これに対し張儀はそれぞれの国が個別に秦と協約することで生き残りを画策すべしと説いた。これを連衡策という。

ゆんフリー写真素材集 : No. 5586 兵馬俑3号坑 [中国 / 西安]

 現在世界規模で起きている事象は、これを彷彿させる。秦に擬せられるのは習近平“皇帝”が終身統治権を手中にして世界征服への願望を隠さなくなった中国。対するのは民主主義体制下での経済大国である諸国。アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、カナダなどで、日本もG7国として陣営に数えられている。近時はオーストラリア、インドも参加の方針とされる。これら諸国が、人権などの享有価値観を基盤にしっかりと連合体制を構築できるかが問われている。すなわち合従策の成否だ。

 それがならず、脱落国や抜け駆け国が出て、個別に中国にすり寄って自国だけの存続を図ろうとすれば、連衡策の複雑な情勢になるが、歴史では秦は離反した諸国を自在に操り、一国ずつ孤立させ、滅ぼした。そして秦王は「世界の覇者である」として始皇帝と名乗り、周辺領域への征服戦争を始める。その完遂のために不老長寿の秘薬を入手しようともする。しかしながら寿命には逆らえず、前210年に死亡する。すると彼の大帝国は強権への反発から反乱が続発。後を継いだ息子は3年持たず、前210年にあっけなく滅びてしまう。

 湯浅誠さんの「自由世界連携が中国衰亡のタネ」という論考(産経新聞2021.3.12)を読んで、歴史授業を思い出した次第である。湯浅さんによると、アメリカでは「分断された状態」は南北戦争を引き合いに出すまでもなく、ごくありふれた光景。しかし対抗者が現れるとたちまち再統合に向かう。アメリカ人が特に奮い立つのは、相手が恐怖を抱かされる巨大国家で、かつ統治モデルが異なる場合とのことだ。

第一次、第二次の世界戦争でも、アメリカは単独ではなく、連合国の一員として参画した。今回の対中対立では連合結成がどのように進むか。合従策の成否は連合を組む諸国の信頼関係だ。裏切り国を防げなければ連衡策の結末再来になろう。わが日本の政治リーダーには、国民に向けての明確なメッセージを発する責任がある。

昨年春、安倍総理(当時)は、コロナを戦後最大の危機と言ったが、コロナでは国は滅びない。より大きな危機は中国問題である。庶民は深層心理でひしひしと感じている。 

顧問 喜多村悦史

2021年03月15日