怒苦打身日記 ~協会顧問 喜多村悦史のブログ~

怒苦打身日記251 東北部 境界を押し広げる

中国の東北部とは、かつての満洲国。日露戦争以前はロシアが事実上支配。そしてその前は清帝国の皇帝一族(満洲族)の出身地であった。

「もともと満洲族は半遊牧民族で、現在の東北部や極東ロシア、モンゴルの東部を放浪していた。…17世紀の初め、ある族長(ヌルハチ)のもとで民族を統一し、南下を始めた。1644年、北京を奪取して清朝を樹立した。…中国の歴史の初期に、いくつかのモンゴル民族の王朝が漢族に取って代わったことは別にして、55の少数民族のなかで、国を統治したのは満洲族しかいない」

「だが、中国を統治するために満洲族は大きな犠牲を払った。最大の矛盾は、清が中華帝国の領土をどの漢族王朝よりも拡大し…た一方で、…ほかならぬ満洲族の独自性も徐々に失われていった」ことである。

 19世紀の半ばには清朝は地方の支配を失い始めていた。その機に乗じてロシアは満洲族の故地の北半分を極東ロシアに併合し、南半分にも浸食の手を伸ばした。清朝は漢族の満洲への入植を厳禁する政策であったが、これを解除することになった。すると漢族が大挙北上し、人口面で満洲族を圧倒することになった。中国本土で清朝打倒の動きが活発になると、征服者である満州族への恨みから、満洲族の絶滅を主張する革命家(鄒容など)が現われ、満洲族は皮肉にも、その発祥の地で入植漢族から迫害されるようになる。

 

ゆんフリー写真素材集 : No. 21858 九族文化村 民族舞踊 [台湾 / 日月潭]

 

「とはいえ、満洲族はナチスの大量殺戮の中国版先駆けで全滅させられはしなかった。代わりに、満洲に移住した漢族が満洲族と結婚して漢民族化するようになる。満洲語は…不要になり、同時に民族の文化や習俗も消えていき」、純粋の満洲族は現在の中国領域内ではほぼいなくなった。ただし先祖に満洲族を持つ漢族が、満洲族として登録されることを選ぶ傾向も見られ、人数的にはその数は1千万人になる。

では本来の満洲族やその近縁系の人はどこにいるのか。極東ロシアである。

1858年のアイグン条約、1860年の北京条約によって、現在の中ロ国境からオホーツク海沿岸まで、ウラジオストク、ハバロフスク、ブラゴヴェシチェンスクなどを含む広大な地域がロシア領に編入された。これが極東ロシアの主要部分である。この成果にも飽き足らず、ロシアは南満州にも進出し、併呑の構えだった。その先の征服目的地として朝鮮半島さらに日本列島があった。その野望を打ち砕いたのが、1904年から5年にかけての日露戦争。ロシアの帝国主義に対する防衛戦争であり、その逆を主張するスターリン流プロパガンダに惑わされてはならない。

 

本題に戻して極東ロシアの状況だが、現在は様変わりしている。帝政ロシア、それに続くソ連帝国の崩壊後、現代ロシアは国力の低下が著しく、極東ロシアへの財政投入が細っているため、ロシア人は西方に逃げ出しており、この30年間で人口は800万人から650万人に減った。「石炭や木材はもちろん、手つかずの鉱物や巨大なサケ漁場といったありとあらゆるものが豊富にある」にもかかわらず。

これに対し、「アムール川の対岸には、極東ロシアよりはるかに面積の小さい東北部だけでも1億人以上の中国人が暮らしている…最近10年間の極東ロシアへの中国人労働者の流入を、北東の境界を押し広げようという中国政府のもくろみの第一歩と考える者は少なくない」。

資源があるところは屁理屈をこねてでも領有権を主張するのが中国のやり方である。その点、極東ロシアは満洲族の発祥の地。その満洲族を中華民族の一支流とみなすことで極東ロシア全域の領有主張も可能になる。中国がそういう主張を言い出す可能性は低くない。そうなると北方領土、さらに北海道も「核心利益」となってしまう可能性を否定できないだろう。

 東北部で著者が取り上げるもう一つの少数民族に朝鮮族がある。朝鮮族は北朝鮮2400万人、韓国5000万人のほかに、中国東北部に200万人以上が暮らす。

このうち北朝鮮は経済的に完全に中国に従属しており、「北京の政府は、北朝鮮を独立した国として扱おうとせず」、「東北部の単なる一つの州になりつつある」と著者は分析する。「北京による支援物資の見返りに、中国の企業は…石炭や鉄鋼石、各種の鉱物といった世界最大クラスの未開発資源の開発に余念がない。新しい道路も、ほぼ間違いなく中国資本で造られている。現地に車を所有する者はほとんどいないが、東北部との緊密な経済関係を促進することだけが目的だ」。

 中国内の朝鮮族は1860年代以降、李氏朝鮮時代に危難を避けて北部朝鮮から移住した。北京政府は、他の少数民族への対応とは異なり、あからさまな迫害をせず、自治を認めている。ところが「その住民は北朝鮮出身でも文化的には韓国とつながっている」。「中国朝鮮人の10人に一人が国外で働いている。たいていの場合、行先は韓国や日本」という状況であるし、「漢族と朝鮮族の夫婦の子供は北京官話を話すように育てられる傾向があって」、北朝鮮との一体感はなくなっている。

 朝鮮族の人口としては最大の韓国だが、文在寅大統領は民主主義を否定して専制主義への志向が垣間見える。北朝鮮に続き、韓国もが中国の属国化することになってしまうことを想定した対応が必要になるかもしれない。悪夢であるので見たくない、では済まない現実が目の前にある。

顧問 喜多村悦史

2021年04月07日