怒苦打身日記 ~協会顧問 喜多村悦史のブログ~

怒苦打身日記252 内モンゴル 進む同化政策

『辺境中国』(デイヴィッド・アイマー著)では、新疆のウイグル族、チベット族、雲南のダイ族等、東北の満洲族と朝鮮族といった少数民族を取り扱っている。この本で著者が取りあげていないのがモンゴル族。

 アジアからヨーロッパまでユーラシア大陸を席巻して巨大帝国を築いたチンギスハンが属した民族である。鎌倉時代の日本はその征服戦争に立ち向かい、みごと撃退している。九州の現地武士が敢然と戦う中、危機がないかの如く装う中央政府中枢の無責任ぶりを描いたのが葉室麟の『刀伊入寇 藤原孝家の闘い』。現在の尖閣に通じるが、今日のテーマではない。

 征服戦争や占領地の統治に向かったモンゴル族の子孫が各地に残っているが、なんといっても本拠地はモンゴル高原。これが二つに引き裂かれている。俗に外(がい)蒙(もう)古(こ)内蒙(ないもう)古(こ)

 外蒙古はモンゴル共和国という独立国であり、地図の黄色部分。人口は270万人程度。首都はウランバートル。大相撲力士がたくさん渡日している。長らくソ連の属領的地位にあったが、現在は民主化され、自立の道を歩んでいる。モンゴル語の表記は1941年以キリル(ロシア)文字であるが、古来の縦書きモンゴル文字への復活が進んでいるとされる。

 これに対し内蒙古は現在、中国領で自治区になっている。地図ではピンク部分。他の少数民族の地域と同様、中国領の少数民族区域には漢族が大量移民するが、モンゴル自治区も同様で、今やモンゴル族は地域内でも2割の少数になっている。それでもモンゴル族の400万人は、モンゴル共和国よりも多い。大相撲の蒼国来(現荒汐親方)はこの地域出身のモンゴル族。

北京政府は2020年、内モンゴル自治区は義務教育の現場において、モンゴル語に代わり標準中国語による教育を義務化することを発表。2021年には習近平中国共産党総書記は同化政策の強化を指示し、内モンゴル自治区当局は「民族問題を解決」して標準中国語の使用を推し進めていくべきだと発言している。

 同じく内蒙古出身である楊海英さん(静岡大学教授)が産経新聞のインタビューで(324日)で警告を発している(聞き手=奥原慎平)。「本屋からはモンゴルの歴史本や(モンゴル帝国の始祖である)チンギスハンの肖像画などが撤去された。母語であるモンゴル語を勉強すれば、中華民族と異なった心を持っているとみなされる。中国政府には諸民族の言語を禁止することで、中華民族意識を植え込む狙いがあるのだろう」。

 

 

「今回の中国語教育の強化には前例がある。1966年に始まった文化大改革(文革)だ。当時もモンゴル語が禁止され、モンゴル語をしゃべれば、民族分裂とみなされた。中国政府の公式見解では文革で約3万人のモンゴル人が虐殺された。実際はもっとやられている。この半世紀前の「ジェノサイド」(民族大量虐殺)が民族の集合的記憶として頭の中に残っており、今回は一致団結して抵抗している」。

 楊さんの願いは、「欧米やインドなどの中国に対する目は厳しくなっている。当然、日本は率先して内モンゴルの民族問題に関与すべきだ」。その理由の一つとして「内モンゴル自治区の一部は、かつて日本の植民地だった。そこが中国に弾圧されていることに旧宗主国として黙ってはいけない」。地図の内モンゴルの東半分は満洲国に属していたこと、香港を領有していたイギリスがその地の民主制や人権に強い関心を持ち続けていることを指しているのだろう。

「日本が民主主義の大国として中国に弾圧されている民族に救いの手を差し伸べれば国際的地位も高まる。日本の対中戦略上もユーラシア大陸に政治力を持つモンゴル人を味方に付ければ、国益にかなう。逆に中国に遠慮して、何も言わないのは偉人の低下につながる。属国のように、中国の言いなりになっていると見られかねない」。

 アメリカのテレビドラマ『マダム・セクレタリー』の一話に、次のようなのがあった。内モンゴルのモンゴル人を抑え切ったと自信を深めた北京政府が独立国のはずのモンゴル共和国に住民投票実施を迫る。共和国を解体して中国領に編入されるべきかどうか。このドラマが製作されたのは10年ほど前だと思うが、国際社会がしかり対応しなければ、ドラマが現実化するおそれがある。

顧問 喜多村悦史

2021年04月08日