怒苦打身日記 ~協会顧問 喜多村悦史のブログ~

怒苦打身日記280 カルテ改竄で賠償命令

 東京女子医大病院での医療過誤訴訟で88歳の元患者に対し、960万円の賠償を命ずる判決が下された。430日、東京地裁の判決である。

 報道から事件を整理しよう。問題の医療行為は平成25年の暮れ。2013年のことだから8年もさかのぼる。

原告が受けたのは白内障手術。3回の手術を受けたが、結局左目を失明した。

白内障で失明するリスクは小さく、手術の難易度は高い。十分な説明があれば、患者が手術を選択しない可能性が高い。そこで手術ミスによる失明が疑われたのだろう。

 そうこうしているうちにカルテ改竄の疑いが出てきた。原告は平成12年から通院していたからカルテは膨大な量になっているだろう。そのカルテの記載では「患部の繊維が手術前から断裂」となっていた。そのとおりであれば手術ミスはほぼ否定される。

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 ところがその記載が事後での書き換えであったことが分かった。それで「カルテの記載は信用性の高い手術記録と整合せず、事実認識と異なる内容を意図的に追記し、改竄した」と認めたうえで「発覚しなければ、医師の責任が否定されることにつながる可能性があり悪質だ」という判決につながった。こうした行為に大学側には使用者責任があるとして賠償命令になった。東京女子医大は「医療行為そのものに過誤はなかったものの、カルテの虚偽記載があったと判断されたことは謙虚に受けとめ、指導を徹底する」とコメントしたとのことだ。

 ボクの関心は個別事案への判断ではなく、医療過誤をめぐるシステムの問題。失明させられて8年も争わなければならない。これがそもそもおかしくないか。わが国の国民皆保険では、療養の給付(医療行為)の提供者は、病院ではない。医療保険者、すなわち患者が加入する健康保険制度とされている。健保組合とか国保の市町村である。そこからの委託により、病院は診察や手術をする。であれば過誤があれば、その責任を負うのは保険者のはずではないか。

 今回の事件もストレートに保険者の債務不履行を問う構図であれば、ここまで揉めることはなかったはずだ。白内障手術で失明したが、ミスはなかったかが問われ、保険者が調査したら、カルテの改竄が見つかった。保険者は即座に賠償し、その後に保険者と病院との間で、保険者からの求償請求に病院がいくら返還するか、また保険医療機関としての適格性を論じて再指定するか否かを延々と議論すればよい。保険加入者である患者を困らせないことを最優先するシステムが望まれるはずだ。

 いきなり不法行為の賠償を突き付けられれば、病院が身構えるのも当然だろう。風評被害だってあり得る。ボクが言いたいのは、何のための保険者なのか、何のための国民皆保険なのかということだ。こうした基本事項が健康保険事業開始から100年、国民皆保険から60年経っても改善されない論理の停滞が残念である。

顧問 喜多村悦史

2021年05月07日