怒苦打身日記 ~協会顧問 喜多村悦史のブログ~

怒苦打身日記291 年金繰り下げの誤算

老齢年金は65歳から支給を受けることができる。しかし人生百年と言われ、また平均寿命が男性でも80歳を超え、女性では90歳近くなっている今日、この年齢設定が妥当でないことはだれにでもわかる理屈だろう。

加入者のごく一部だけが受給者になることで、納付した保険料よりもはるかに大きな年金を受け取れる。全員が均等にもらえるのであれば、給付額が納付した保険料額を超えることはあり得ない。

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年金支給開始年齢を適切な年齢に引き上げるべきなのだ。加入者の自治的決定に任せれば、若い世代からの保険料過重負担批判が出て、支給年齢はすんなり70歳か75歳に変更されるであろう。法律事項として国会マターとされていることが災いして、ポピュリズム志向の議員たちによって先送りが続けられている。

現行制度には支給の繰り下げ制度がある。65歳時点では受け取らず、支給開始年齢を自己判断で遅らせる仕組みだ。70歳まで遅らせれば42%、75歳では84%の増額年金になる。しかしながら利用率はいたって低い。

そうした中、こういう事例が見つかった。Aさんは65歳で定年退職したが、その直前に病気になり、健康保険の傷病手当金を受給していた。傷病手当金は1年半支給される。それを受け終わるまで年金支給を遅らせることにしたのだ。実に計算高い。

ところが傷病手当金を受け終わると同時にAさんは死亡してしまった。年金はまったく受け取っていない。そこで遺族が年金手続きをしようとした。だが年金は受給権者が申請しなければならない。Aさんは死亡しているから、繰り下げ支給の意思表示をできないので、年金機構では65歳にさかのぼって老齢年金を一括支給することになる。

遺族は一括金と聞いてホクホクしたが、それは一瞬の夢に終わった。制度上、傷病手当金と年金の重複受給は認められない。そこで遺族はAさんに支給した傷病手当金を返還しなければならなくなった。その分年金の実質額が減るわけだ。濡れ手に粟とはいかなかった。

繰り下げ受給の実利があるのは、65歳からの一定年数企業年金が支給されるような大手優良企業の高級サラリーマンだった人。そうした者が繰り下げで割り増し年金を受け取る仕組みがそもそもおかしい。それに繰り下げ分の財源を別管理しているわけではないから、繰り下げ者分の年金支給が後払いになる関係で、年金財政の目先をよく見せることにはなるが、その分財政危機を隠して先送りしているに過ぎない。

年金財政の健全性を維持するには、正面から全員の年金支給年齢を遅らせること。例えば原則の支給年齢を75歳と定めて年金額設定しておき、事情によって減額でもいいから早くから受け取りたい人のための特別に繰り上げ支給を認めることだ。年金財政上同じではないかと思うかもしれないが、加入者に対する精神的インパクトがまったく違う。75歳受給が本来なのだと認識すれば、国民も企業も、働き方、働かせ方が根本から変わる。孫世代の老後も大丈夫といえる先を見据えた年金制度を求めたい。

顧問 喜多村悦史

2021年05月17日