怒苦打身日記 ~協会顧問 喜多村悦史のブログ~

怒苦打身日記320 在宅介護、天使か悪魔か

先天性の重度心身障害の兄を25年間在宅介護した女性の独白本2冊を読んだ。著者は藤野絢さん。1942年生まれだから、もうすぐ80歳。

1987年、45歳の時に重責を担っていた会社を退職し、キャリアウーマンから一転して無職者に。母親に代わって兄の介護を引き受ける。自治体からは福祉手当金とヘルパー派遣の支援を受けつつ、兄を福祉施設に入所させることなく、その最後まで在宅での介護を貫く。その兄が71歳で亡くなるのは2012年、彼女の介護開始から25年。彼女は45歳から70歳直前まで、人生の働き盛りの時期を兄弟の介護に費やした。

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 その直後に書いたのが『在宅介護の25年 先天性脳性麻痺の兄と歩んだ歳月』(2014年)。それから7年を経て同じ体験を書き直したのが『在宅介護 止められなかった虐待』(2021年)。基本的な事実はまったく同じ。違うのは自身の行為や決断に対する、自らの認識、評価の変化である。

 同じようでもあり、違うようでもあり。簡単に批評することは避け、介護問題に関心がある人それぞれに両著を読み比べてもらいたいとだけ言っておこう。

 藤野さんは知的エリート家庭の育ちのようだ。父親は大学で哲学を論じた教授であるし、親族関係をたどると正岡子規に行き当たる。結核の子規を献身的に介護した妹の律と自分の立場を客観比較するなど、当人の分析力にも驚嘆する。

 介護問題に一家言持つ人は多く、さまざまな言説が交わされている。だがそのすべてが本質をついているかと言うと、首をかしげることになる。政治イデオロギー色がちらつくもの、利権の匂いが漏れてくるもの、お涙ちょうだい的なもの、道徳説教的なもの…。濃淡を問わなければ、介護はだれの身にも生じる生活事象。介護者は天使にもなれば、悪魔にもなる。そしてその評価は、介護者自身による場合であっても、評価時点によって変わるのだ。介護と虐待は紙一重。その境界を第三者が裁定できるのか。 

 軽妙な文章であり、数時間で読了できる。だが突き付けるテーマは重い。

顧問 喜多村悦史

2021年06月17日