怒苦打身日記 ~協会顧問 喜多村悦史のブログ~

怒苦打身日記349 ペットも火葬の時代

虎は死んで皮を残す。それは人間が価値あるものとして加工し、剥製にするか、敷物にするからである。犬はどうか。珍しくもないから、保存を考える人は多くない。

かつては飼い犬が死ぬと、庭先に埋めた。それが普通だった。今でも田舎の古い家では、庭続きに先祖の墓石が並んでいることがある。墓地規制がなかった時代の名残り(なごり)である。飼い犬は昔から家族に準じた扱いを受けていたのだ。墓標代わりに苗木を植えると樹木葬である。その木が大きく育って満開の花を咲かせる昔話(花咲か爺さんなど)もある。

現代日本では人間の遺体は火葬される。ペットの犬猫も同様になってきている。だって準家族だもの。

先日死んだチョコの場合もそうだ。一晩、家族で通夜をした。「チョコとお別れをさせて」と携帯電話のビデオ映像に話しかける孫もいた。枕もとで線香を焚いた。通夜振る舞いで寿司を取ったから、居合わせた孫は喜んだ。

翌日が葬儀である。専門の葬送業者が存在している。連絡すると道具一式持参でやってきた。人間の場合、医師が死体検案書を作成し、僧侶や神父がお祈りをする。ペットでは簡素化して職員がすべてを兼ねていた。

家族から、死亡時年齢、死因などを聴取して書類を作成する。続いて納棺の儀式だ。ダンボール製ではあったが、棺が組み立てられ、副葬品とともに納める。たいがいはよかったが、仲良しだったブタのぬいぐるみは断られた。

「当局がうるさいので」。この場合の当局は保健所ではなく、ダイオキシン規制の担当部署とのことだった。

「おごそかな葬送の儀式に地球環境保全の法規制を持ち出すなどセンス的にどうですかね」職員の表情はそう言っていた。

 最後に職員は数珠を入れた。六文銭や守り刀の代わりなのだろう。

 

 火葬以後はいろいろなタイプからの選択になる。ボクたちは「合同葬」を選んだ。遺体を納めた棺桶は職員が持ち帰り、何体かを一緒に焼いて、納骨堂に入れるシステム。その納骨堂は寺院墓地の一隅に建立されている。「もちろんペット専用であり、人間との混在はありません」と職員。墓地埋葬法は人間だけを対象としている。そうした法手続きの教育訓練はしっかり行われているのだろう。

「お参りはいつでもできます。先ほど作成した記録で管理できていますから」と職員。玄関で見送り、告別式は終わった。

 

 家内はその直後から、猛烈な勢いでチョコの関連物品を片付け始めた。気持ちを整理し、ペットロスにならないよう彼女なりの決意なのだろう。食器、ご飯、毛布、トイレ用シート類、体を洗った後用のバスタオル、散歩用バギー、電車に乗せる際のケース、抱っこ袋、季節に応じた衣装…。ボクは無言で手伝った。

 

顧問 喜多村悦史

2021年07月14日