怒苦打身日記 ~協会顧問 喜多村悦史のブログ~

怒苦打身日記63  憲法は国民に何を求めているか

国語の問題です。以下の文章を読んでください。

「日本国民は、主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。日本国民は、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、各国の責務であると信ずる。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。」

 お気づきのように、これは日本国憲法の前文、すなわち憲法の神髄部分である。悪文の見本とされる前文だが、主語と述語を残して枝葉を落とし、現代仮名づかいに改めたらこうなった。こうしてみると、憲法で言いたいことは明白であろう。

憲法の写真素材|写真素材なら「写真AC」無料(フリー)ダウンロードOK

 民主主義と人権を人類普遍の原理であると言い切り、これにはすべての国が従わなければならず、その達成が日本国家・国民の責務であると断定している。普通の国語力では、そういう解釈になるはずだ。各国の憲法をそれほど勉強したわけではないけれど、これとは体制を異にする国民やその指導者の前で朗読したら、「考えが違う」「偉そうに説教するな」「内政干渉だ」などと外交問題になるのではないか。

 民主主義を否定し、人権抑圧を正当化する国家の存在を認めないのが憲法前文の趣旨であるのだから、そうした国とも修好するためには憲法修正が避けられない。あるいは人類普遍の原理に従うよう談判するか。憲法調査会のお歴々の認識はどうか。

顧問 喜多村悦史

2020年10月01日