
【まいにち終活】終活カウンセラー協会代表理事武藤のブログ
※注意)今日のブログは長い・・・※
私の誕生日は1月23日で大寒の後。本当に母は大変な中、産んでくれたんだなと感じます。
そして最近、終活カウンセラーさん全員の兄貴的存在の方が亡くなりました。
それは夜中突然の知らせでした。すぐに気づいたのですが、たった「主人が亡くなりました」という短い連絡だけど理解ができませんでした。というか見たくない感情というか。体が完全に拒否していました。少し時間をおいて、その連絡の主の奥様にお悔やみを申し上げる余裕なく、明日改めて連絡することを告げると、昨日の21時に亡くなりました、ご迷惑をかけるとい申し訳ないので連絡しましたとのこと。それは明けて1時、翌日の10期の終活講師初日にも関わらず
全く眠れませんでした。
翌日奥様に事情を聞く。そして『エンディングノートに色々書いてあったから困らなかった、大事なものという項目に大きな字で「家族」と書いてありました』と涙ながらに教えてもらった。言葉にできない感情が湧き上がる、
なぜか悲しいより悔しい。
翌日葬儀に参列した。兄貴の紹介で「終活カウンセラーの」という言葉が200名くらいの会葬者に響き渡る。経歴も、奥様の喪主挨拶も、弔電にもでてくるワードであった・・・。
所々で男泣きする方々、亡くなってすぐの葬儀にも関わらず大勢の参列者。兄貴の生き方、あり方が胸に刺さる。そうだ「武藤さん、あり方って大事だよね」といつも言ってくれていた。私がいつも「あり方が大事だ」といいつつ、私より兄貴の方が
そこはできていたのだ、と気づく。
そして終活していたからこそ、こういう生き様なんだぞということがお葬式のあらゆるところに現れている。よく「武藤さんのこの本のここがいいよね」「終活って大事だよ」「マイウェイって本当に一番いいエンディングノートだよ」とことあるごとに褒めてくれたけど、その集大成を表すお葬式。死を持ってなおも、私を応援してくれる兄貴に感謝とかでは表せない感情が
溢れ出す。
それから10日が経つがことあるごとに思い出す、そしてなぜか棺桶に横たわる兄貴の顔は生前の顔に記憶が塗り替えられている。そしてことあるごとに現れる、そう生きているんです。私の中に。これから人生の岐路に立った時もきっと兄貴の生き様、あり方が糧になるでしょう、そんな人生においてのご縁こそが本当に終活において一番大切なこと、これも兄貴が実感させてくれたものです。
法律上の死はおとずれたけど、何千人、何万人の中に生きているよ。先人たちのおかげで私はまた人生に甲斐を感じる、
ありがとう。
ちょうど書いている時、名古屋駅を通過。酒はいいよねぇと聞こえてくるよ。
武藤頼胡
2023年02月01日